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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)73号 判決 1948年7月07日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人八田三郎上告趣意について。

互に暴行し合ういわゆる喧嘩は、鬪爭者双方が攻撃及び防御を繰り返す一團の連續的鬪爭行爲であるから、鬪爭の或る瞬間においては、鬪爭者の一方がもっぱら防御に終始し、正當防衞を行う觀を呈することがあっても、鬪爭の全般からみては、刑法第三十六條の正當防衞の觀念を容れる餘地がない場合がある。本件について、原判決の確定した事実によれば、被告人は井戸三郎と口論の末、互に毆り合となり、被告人はたちまち井戸のために毆られ乍ら後方へ押されて鉄條網に仰向けに押しつけられた上睾丸等を蹴られたので、憤激の餘り所持していた小刀で井戸に斬りつけ創傷を負わせた結果、同人を左上膊動脉切斷に因る失血のため、死亡するに至らしめたというのであるから、被告人の行爲は全般の情況から見て、前記の場合に當るものと言わなければならない。從って刑法第三十六條を適用すべき餘地はない。しかのみならず、原判決は被告人の所爲を正當防衞とは認定していないのであるから、所論は原判決に添わない非難であって、結局原判決の事実認定の不當を主張するに歸着し上告適法の理由とならない。されば、論旨はいずれの點からも理由がない。

被告人上告趣意第一點について。

原判決はその理由において、本件のような喧嘩の際における鬪爭者の鬪爭行爲は互に攻撃及び防御をなす性質を有し、一方の行爲のみを不正の侵害なりとし他の一方のみを防御行爲なりとすべきではなく、從ってその鬪爭の過程において被告人が相手方に加えた本件反撃行爲はこれを正當防衞行爲と解し得ない旨説示して原審辯護人の正當防衞の主張を排斥している。そして、被告人の行爲が不正の侵害に對する防衞行爲でないことを説示した以上、防衞の程度を超えた行爲も成立し得ないことは當然であるから、原判決は所論の二つの點につき否定の判斷を與えたことは明かであって、論旨は理由がない。

同第二點について。

論旨前段で主張する事由は刑事訴訟法第三六〇條第二項に規定する事実上の主張には當らないから、これに對する判斷を判決に示す必要はなく論旨は理由がない。又、本件について、第一審の第一回公判期日が指定されたのは、昭和二二年五月二日であって、第二審判決が言渡されたのは、同年一一月二二日であること記録上明かである。新憲法の施行以後第二審判決の言渡まで約六ヶ月半を費したに過ぎず、その間、現場の檢證、證人の訊問等の手續を經た本件の審理は毫も憲法第三七條の規定に反するものではない。されば論旨後段の主張も全く理由がない。

よって、裁判所法第一〇條第一號、刑事訴訟法第四四六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)

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